36 Profile─いしい けいこ 2003年,京都大学大学院人間・環境学 研究科博士課程修了。博士(人間・環境 学)。専門は社会心理学,文化心理学。 著書は『名誉と暴力:アメリカ南部の 文化と心理』(共編訳,北大路書房), 『文化と実践:心の本質的社会性を問 う』(分担執筆,新曜社),『つながれな い社会』(共著,ナカニシヤ出版)など。 この人をたずねて ■石井先生へのインタビュー ─ご研究のテーマの全体像につ いてお聞かせください。 文化心理学の中でも,特に認知 と感情の認識の文化差に興味があ ります。全体的な関心としては, どうしてものの見方とか感じ方に 文化差が生まれるのか,なぜ文化 が存在しているのか,ということ です。文化とか社会も人が作り上 げているものなので,人と文化と 社会のインタラクションがすごく 重要になってきますから,そこに 関して少し違った切り込み方をし たいと思っています。一つは,文 化と心のインタラクションについ て,遺伝子多型に着目した研究を しています。もう一つは,全然違 う方向から,でも「文化の維持」 という観点から,ある文化の人た ちが作り上げた文化的産物が,人 から人に伝達される時に,どうい う情報が残ってどういう情報が消 えていくのか,どう意味が変わっ ていくのかに関する研究もしてい ます。いずれにしても,大きく見 ていくと,人のインタラクション からできる文化というのがなぜ成 り立っているのかを明らかにした いというのが最近の研究動機で す。 ─これまで取り組まれてきたご 研究は,具体的にどのような内容 だったのでしょうか。 大学院生のころから取り組んで きたのは,感情的発話の理解の話 です。日本人は,敬語に気をつけ たり,場の空気を読んだり,色々 と気をつけなければいけないこと がたくさんあるハイコンテクス トの文化ですけど,アメリカとか 英語圏の文化はローコンテクスト なんですよね。そういうコミュニ ケーションスタイルの違いが,私 たちが発話を理解する時にどう影 響するのかということを,日米比 較を通して検討してきました。 また,文化といった時に,日本 とアメリカという二分法的に分け ちゃうとわかりやすくていいんで すけど,一体,文化の何が影響を 与えているのかということを考え る時には,日本の中での違いって いいヒントになると思うんですよ ね。私は京都大学を出て,初めて 就職したのが北海道大学だったん ですけど,北大でデータをとって みたら,京大で実施した時と全然 結果が違うんですよね。北大のパ ターンがすごくアメリカ人的なん です。北海道って開拓の歴史が あって,アメリカも移住の歴史を 持っているところですし,それが 個人主義と関連している可能性が ありますよね。日本とかアメリカ とかの文化比較だけじゃなくて, 文化内比較とか,文化の何が文化 差を生んでいるのだろうというこ とも研究してきました。 ─文化というテーマに関心をも たれたそもそものきっかけとは。 文化に興味を持つようになっ たのも本当にたまたまなんです。 そもそも私,大学に入った時も心 理学をやるつもりは全然なくて, 学部も実は農学部だったんです。 それで,たまたま大学でとったの が,結果的には指導教官になる北 山忍先生の授業だったんですけ ど,驚きの連続でした。当たり前 だと思っていたことがどうも全然 当たり前ではないっていうことが 衝撃的で。たとえば逸話レベルで すけど,エスキモー(イヌイット) とか,雪に関していくつも言語が あるっていう話があるじゃないで すか。ああいうのも,知った時に はほんまかいなって思って,そん なに違ったらたまったものじゃな いな,文化っていうのはそんなに 影響あるのかって感じました。あ とは,実際に色々研究をやってみ て,いかに自分が日本文化にがん じがらめになっているかをいろん な時に感じて,自分を含めて,人 の行動原理とか心の働きを探るう えで,どうも無視できないものが 文化にはあるんじゃないのかなっ て感じました。そういうところ から,文化に注目した,人とは何 かっていう研究ができたらなぁと 思ったのが出発点です。 名古屋大学大学院情報学研究科 准教授
石井敬子
氏
インタビュー
二村郁美
37 この人をたずねて ─自分自身も文化の中で生きて いると,自分を相対化して,自分 の当たり前を疑うことって難しい のではないかと思うのですが,先 生はどのように研究テーマを見つ けていらっしゃるのでしょうか。 難しいですよね,私自身が知り たいところです。一つは,心理学 だとだいたいアメリカ人を対象と した論文ばかりなので,そういう ものを読んで,これは直感的に合 わないなというところから始める 場合もあります。あとは,共同研 究者と議論しているところから出 てくることも多いですよね。共同 研究者が海外にもいるので,違っ たバックグラウンドの人との対 話っていうのが,そういうのを気 づかせてくれるうえでは重要に なってくるのかなと思います。 ─文化を研究するときの難しさ や工夫があれば教えてください。 やっぱり言語のハンデもある し,こっちが思っていることは 向こうにはなかなか伝わらない ので,結局わかりやすい実験をす るっていうのに尽きるんですよ ね。あんまり凝った実験をやると こけるというのか,相手に理解し てもらえないというのかな。本当 に単純な実験デザインを使って, 課題も非常に簡単にして,そうい うところで勝負していくというの か,それでうまく文化差を見つけ られるといいなというところは 常々考えています。 ─これからどのようなご研究に 取り組もうと考えていらっしゃい ますか。 遺伝子多型と文化の関係につい ては,いくつかのことが明らかに なってきていますが,あまりに散 発的で,ある遺伝子多型を扱って いる研究では他の遺伝子多型につ いて見ていないんですよね。なの で,遺伝子多型についてできるだ け網羅的に調べる研究を今やって いて,これから4 〜 5年はかかり そうです。過去の結果が追認でき るのかとか,これまでにわかって いない遺伝子多型と文化差の関連 があるのかとかについて,系統立 てて,サンプルサイズも大きくし たうえで検討しています。 ─最後に若手研究者に向けた メッセージをお願いします。 うまくいかないことがほとんど じゃないですか。だから一つだめ でも落ち込まないで,いくつかオ プションを持っておくようにし て,どれかは当たるように心掛け ていくのがいいんじゃないのか なって思いますね。あと,英語で 書くことは重要だと思います。英 語で論文を書くと,自分の研究を いろんな人に知ってもらえる可 能性が高まって,新しい人と一緒 に仕事ができて,また成果につな がっていくので,リジェクトされ てもめげずに色々出していって, だんだん積み上げていくのが重要 じゃないかなと思いますね。 ■インタビュアーの自己紹介 インタビューを終えて 今回,石井先生にお話を伺い, 文化心理学の多様な視点の切り口 を教えていただき,そのおもしろ さと奥深さにとても心惹かれまし た。これまでに取り組まれてきた 幅広いご研究内容や最新の研究知 見など,伺ったお話はどれも興味 深いものばかりでした。また,石 井先生は,私の研究テーマについ ても聞いてくださり,質問にお答 えいただく際にも,私の関心と関 連する内容を取り上げながらお 話しくださいました。誌面の都 合上,記載することができなかっ たのですが,石井先生が実施され た,子どもを対象としたご研究に ついてのお話は,特に興味深く, 題材や指標の設定の仕方など,と ても勉強になりました。石井先生 のお話を伺って,私も自分自身の テーマについて,比較文化的な視 点を取り入れた研究を行いたい, という気持ちがより一層強くなり ました。 現在の研究テーマ 私は,向社会的行動に関する認 知の発達的変化について研究して います。向社会的行動は基本的に ポジティブに評価されるものと考 えられていますが,実際には,背 景にある文脈に応じて,大きく異 なる形で認知されます。また,そ の認知の仕方は発達的にも大きく 変化します。様々な文脈の中で生 じる向社会的行動を,人びとがど のように認知し,その認知のあり 方が発達とともにどのように変化 するのかについて明らかにしたい と考えています。 拙筆ではありますが,今回イン タビューをさせていただいて強く 感じた,石井先生の温かいお人柄 と,文化心理学の魅力について, 少しでもお伝えできていれば幸い です。このような貴重な機会をい ただき,本当にありがとうござい ました。 Profile─ふたむら いくみ 名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士後期 課程(2019年3月末まで)。博士(心理学)。同年 4月より,東京大学大学院教育学研究科教育学研 究員。専門は発達心理学。論文は,Age-related differences in judgments of reciprocal and unilateral prosocial behaviors(共著,Journal of Experimental Child Psychology)など。